09/13/2026 KatsuSera

歪なものたちの、静かな交わり

Every crooked thing finds its own way

どうしても好きになれないものがある。

人でも、習慣でも、自分の中に巣食った何かでも

それは誰にでもあるだろう。嫌いと言い切れるほど単純でもなく、かといって受け入れられるほど寛容でもない。ただ、そこにある。そして相手もまた、そこに在る。それぞれが、それぞれの論理で、それぞれの重力で生きている。

今更になって、いっぱい間違っていたのだと思う。

後悔とは少し違う。もっと静かな、諦めに近い気づきだ。あのとき違う選択をしていれば、という話ではない。あのとき自分が見えていなかったものが、今はぼんやりと輪郭を持ちはじめているという話だ。見えなかったのだから仕方がない、とも言えるが、それで何かが軽くなるわけでもない。

戻れもできないし、先にも進めない。

そういう夕暮れがある。過去は固まってもう動かず、未来は霧の中にある。壊したいという衝動が静かに湧く。自分の中の何かを、あるいは外にある何かを。でも壊せない。壊したところで、その残骸の中にまた自分が立っているだけだと、どこかで知っているから。

そのとき、レスターが隣にいた。

彼に選択肢はあるのだろうかと、ふと思った。この家でこの人間たちと暮らすことを、彼は選んだわけではない。与えられた環境の中で、与えられた関係の中で、ただ生きている。我慢しているのだろうか。いや、そもそも我慢という概念が彼の中にあるのかどうかさえわからない。

でも彼は、穏やかだ。

歪な人間の傍で、歪な空気の中で、それでも尻尾を振ることを知っている。完璧でないものを完璧でないまま受け取って、そこに体を預けることができる。それを単純と呼ぶのは簡単だが、私にはできないことだ。

世界はきっと、歪なものだらけだ。人も、関係も、記憶も。完全に噛み合うことなどなく、どこかに隙間を抱えたまま、それでも小さな交わりを持って存在している。完璧でないものが、完璧でないものと、かろうじて触れ合いながら生きている。

それで十分なのかもしれない、とレスターを見ながら思った。

壊せないなら、壊さなくていい。進めないなら、今日はここに立っていればいい。歪なままで、間違いを抱えたままで、それでも朝が来て、犬が傍にいて、小さな交わりがある。

それが、生きるということの、地味で確かな輪郭なのかと思う。

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``Nature does not hurry,
yet everything is accomplished``

Catch the Moment, Chase the Tide