夜明け前の三時に目が覚める。隣ではレスターが静かに眠っている。紙の日記帳はもうやめた。スマートフォンがあれば、暗闇の中でも言葉は紡げる。
この数日、いくつかのことが重なった。
二ヶ月続けて期限を破られた。感情的に問い詰めたところで何も変わらないと、今の自分は知っている。怒鳴ることも、嘆くことも、もうしない。代わりに、タスクを作り、履歴を記録し、相手の不履行がこちらの利益に転換されるような仕組みを静かに整えた。自分が怖いくらい冷静でいられる。それが成長なのか、それとも何かが擦り切れたのかは、まだわからない。
前のショップは旧タイプの商品を新タイプと偽り、高い値段で売っていた。怒る気力もなく、ただ別のショップで注文した。届いたのは正しい商品で、価格は一万三千円安かった。廃盤を嘆くより、使えるものを手に入れて先へ進む。それだけのことだ。
サンプルロースターで、初めて豆を焙煎した。エチオピアのトラディショナルモカ。最初に二百度まで温度を上げ、百五十度まで下がったところで生豆を投入する。片手でロースターを持ちながら漏斗で豆を入れるのは思いのほか難しく、温度はすぐに落ちた。一ハゼの音がいつ来るのかわからないまま、四十分ほど回し続けた。
サイフォンで淹れた一杯は、エチオピアらしい風味を持ちながらも、もう少しフルーティーであるべきだと感じた。ローストが浅かったのかもしれない。それでも、一杯のコーヒーのためにこれだけの時間と手間をかけることが、純粋に楽しかった。失敗だとは思わない。これが一回目だというだけの話だ。
散歩の途中、今にも雨が降りそうな空を見ながら先を急いでいた。レスターは全く気にしない。そんな風になれたらと思いながら歩いて、帰宅した途端に雨が降り始めた。先を見越していたのか、ただ運が良かったのか。どちらでもいい。濡れなかった事実だけが残る。
生豆本舗の店主は親切だった。久しぶりに良い店と出会えたと思えた。こういう小さな縁が、静かに日々を支えている。
仕事が増え、眠れない夜があり、筋道を持たない言葉に疲れることもある。それでも朝は来て、豆は焙煎できて、コーヒーは飲める。ここが自分のもう一つの心の拠り所だと書いた。紙からデジタルへ、感情から戦略へ、消費から自家焙煎へ。変わり続けることで、何かに寄りかかる必要がなくなっていく。
次の焙煎では、一ハゼの音をちゃんと聞き取りたい。