08/06/2026 KatsuSera

粛々と、それでいい

Quiet resolve beneath the summer sun

七月の終わりから八月にかけて、特別なことは何もなかった。いや、正確には、特別なことが積み重なっていたのに、どれも静かに過ぎていった。

熊本で震度7の地震があった。テレビが映し出す映像の向こうに、数字には表れない傷がある。阪神の記憶がある者には、画面の外で泣いている人たちの顔が見える。遠く離れていても、手を合わせることしかできなくて、それでも手を合わせた。

仕事では、どうにもならないことがある。指摘しても直らない。正そうとしない相手に言葉を重ねても、それは虚空に向かって話しかけるようなものだ。久しぶりに出社した日、銀行の支店長と向き合って、自分の言葉で今の気持ちを伝えた。業種が違っても、規模が違っても、人が抱える悩みの根っこは同じところに生えている。そのことが、妙に胸に落ちた。

精神的には安定している。やるべきこととゴールが見えているからだ。今この瞬間だけを生きるなら、それは本人の自由かもしれない。しかし家族がいる、社員がいる、取引先がいる。今だけを生きることが正しいとは、どうしても思えない。だから粛々と動く。派手でなくていい。静かに、しかし確かに前へ。

洗車したら雨が降った。そういうこともある。笑えばいい。

朝の散歩から帰ってきて、DEFENDERに水をかけながら思った。以前のMercedes GLE450は申し分のないクルマだった。乗り心地も、ハンドリングも、直進安定性も、すべてにおいてDEFENDERより優れている。それでも、なぜかDEFENDERの方が可愛い。完璧なものより、少し足りないくらいの方がちょうどいいのかもしれない。そう思いながらも、次は買わないと思う。矛盾しているようで、それが正直なところだ。

八月に入って、娘と牛窓へキス釣りに行った。七月は一度も海に出られなかった。暑い午後、琴塚のポイントに竿を出して一時間半。私が十匹、娘が四匹。たいした数ではないけれど、十分だった。

隣で竿を持つ娘の横顔を眺めながら、こういう時間のために生きているのだと思った。大げさでなく、静かにそう思った。ケルヒャーのハンディーが役に立たなくても、雨に洗車を台無しにされても、仕事でどうにもならないことがあっても、海の上ではそういうことが遠くなる。

粛々と生きる。それは諦めではなく、選択だ。嘆かず、騒がず、しかし止まらない。夏の海はいつも、暑さで忍耐を試し、静かに確認させてくれる。

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``Nature does not hurry,
yet everything is accomplished``

Catch the Moment, Chase the Tide