私は今、かねてより温めていた自叙伝の執筆に取り組んでいる。
もともと文章を書くことは得意ではない。一時はプロの編集者に依頼することも考えたが、今は生成AIという心強い相棒がいる。エピソードを投げかければ、それなりの形に整えてくれる。しかし、長文になればなるほど時系列が乱れたり、ドラマチックに脚色されすぎたりすることもある。自分の「声」に近いものへと精査するには、結局のところ相応の時間と根気が必要だ。だが、これはAIを使いこなすための格好の訓練だとも感じている。
神への願いから、運命への対峙へ
筆を進める中で気づいたことがある。最近の私は、以前ほど神社仏閣への現世利益的な興味が薄れている。もちろん、今でも境内の静謐な空気や、場所によって満ちている「気」のようなものを感じるのは好きだ。
変わったのは、神様に「商売繁盛」などを願うことへの関心だ。かつては毎年欠かさず西宮戎神社の「えべっさん」に参拝していたが、ここ数年はお参りすることもなくなった。
その一方で、自分に刻まれた「運命」や「星」の巡り、そして数字への関心はより深まっている。
「8」への違和感と、ラッキーナンバーの再定義
長年、私が大切にしてきたラッキーナンバーは「3」と「8」だった。 「3」は生年月日を一桁になるまで足し合わせる数秘術によるもの。「8」は、知人に教わった「誕生月日を足して、男性は1を引き、女性は1を足す」という独自の計算式から導き出したものだ。日本では末広がりで縁起が良いとされる「8」を、私は長らく信じ、意識して過ごしてきた。
しかし、心のどこかで常に疑問が消えなかった。 「なぜ、最後の一桁からさらに1を引くのか?」 占いや数秘の類は信じることに意味があり、理屈で解析しても仕方がない。そう自分に言い聞かせながらも、その根拠の不透明さを抱えたまま「8」を心底信じ続けることは、私にとって難しいことだった。
マヤ暦の混沌と、AIが見せた限界
転機は、2月に注文した新しい車の希望ナンバーを考える際のことだった。当然のように「3」と「8」の組み合わせで申し込んでいたが、ふとマヤ暦が気になり調べてみた。
最初に出た答えは「音13」。私のラッキーナンバーは「13」だという。 納車前であれば変更可能とのことで、すぐにディーラーへ問い合わせると、快く応じてくれた。
そこから、私の「瞑想」にも似た探求が始まった。 さらに深く調べると、サイトによって「KIN117 音13」だったり「KIN259」や「KIN59」だったり、音も「12」や「8」など、バラバラの答えが返ってくるのだ。生成AIに尋ねても、流儀や定義(現代マヤか古代マヤか)によってどれも正解に見えてしまう。
私は悟った。自分は単に好きな数字を決めたかったわけではない。信頼できる何らかの手法によって、誰かに「背中を押してほしかった」のだと。定義が定まらないものを、そのまま信じることはできない。
結実した数字「1」と「3」
最後に、私は六星占術の扉を叩いた。 自分が「金星人(−)」であることは知っていたが、その星数が「13」であることを知った。
マヤ暦で最初に出会った「13」。 六星占術による星数が「13」。
流儀や定義の相違による迷いは、その瞬間に消えた。私が信じるべき数字は「1」と「3」なのだと、
単に六星占術という一つの占いを盲信したわけではない。しかし、最初に出た「13」という答えと、最後に辿り着いたこの答えが、何ひとつ相違することなく重なった。もし私自身が「運命」というものの存在を信じるならば、この奇跡的な一致、あるいは必然とも言える偶然こそが、私の「運命の数字」であると確信せざるを得なかった。
自ら選択するということ
神社へ行って願いを捧げることをやめ、数字の裏付けを求めて彷徨ったこの心の変化。それは、他力本願ではなく「自ら選択し、自ら道を定める」という意志の表れではないか、と今は深く感じている。
“Choose for yourself, and determine your own path.”– Katsuyuki Sera
他人が決めた縁起の良さではなく、重なり合う運命の中から自分自身で見つけ出した「1」と「3」。 この数字を胸に、私はこれからも、私自身の物語を綴っていこうと思う。