七時五十分、少し出遅れた朝だった。それでも海は待っていてくれる。牛窓の港を離れ、エンジンの振動を足の裏に感じながら、いつものポイントへ向かった。今日こそタイラバで真鯛を、という気持ちだけを小さなボートに積んで。
だが海は、こちらの思惑をさほど気にしない。
ラインを落とし、巻き上げ、また落とす。単調な動作を繰り返しながら時間だけが静かに過ぎていく。反応は何もない。こういう時間は、焦れったいようでいて、どこか正直でもある。魚は嘘をつかない。釣れないのなら釣れない、それだけのことだ。
昨日実績のある場所へ戻るか。アジでも狙って坊主だけは避けるか。いくつかの選択肢が頭の中を漂う。しばらく考えて、琴塚方面へ舵を切ることにした。明確な根拠があったわけではない。勘とも呼べないような、ただの気分に近い判断だった。
するとアコウが上がった。
坊主を覚悟していた分、その重みは格別だった。続いて真鯛。おまけにニベとチャリコまで顔を出した。チャリコはすぐに海へ返した。小さな命はまた大きくなればいい。
風が出てきてボートが流され始めた。潮の流れと方向が重なり、一・四ノットで静かに漂う。不思議なもので、そのくらいのペースになると体もどこかなじんでくる。抵抗するのをやめた時、釣りはやりやすくなった。
十二時三十分の終了と決めていたが、バイトが遠のいたので十分繰り上げて竿を納めた。粘ることに意味を見出せない時は、さっさとやめる。それも一つの判断だと思っている。
帰港してからの魚の処理は昨日より早く片付いた。カップ麺をすすって体を少し温めてから、草刈り機を引っ張り出した。二時間、黙々と刈り続けた。家の周りを360度ぐるりと、道路の淵まで。途中、敷地の一角を刈り忘れていたことに気づいたのは、すでに全てが終わったあとのことだ。今頃気づいても遅い。それはそれで、また次の日のことにすればいい。
体重が一キロ落ちていた。動いた証だと思えばいい。
体力が少しずつ戻ってきている気がする。昨日よりも今日、今日よりも明日、そういうふうに積み重なっていけばそれで十分だ。大きな目標も遠大な計画も要らない。海へ出て、風に流されて、草を刈って、飯を食う。それだけの一日が、確かに存在した。それだけのことで、夜は静かにやってくる。