08/12/2026 KatsuSera

言葉よりも、潮よりも

What remains when words fall short

八月の瀬戸内は、昼を過ぎれば体力を根こそぎ奪っていく。それでも娘は竿を手放さなかった。

午前三時半に目を覚まし、五時にはマリーナへ。真鯛を釣りたいという娘の一言が、その日の海への理由だった。小雨の中、うねりを越えながらポイントを回った。鯖が上がり、真鯛が二尾、アコウにワニゴチ。しかし娘の竿には何も来ない。

小潮で潮が動かない日というのは、どれだけ丁寧に探っても魚が答えを出さない。

午後0時を過ぎた頃、私はそっと自分の竿を置いた。サポートに回ると言えば聞こえはいいが、正直に言えば暑さに負けた。けれど娘はやめなかった。

二時を過ぎても、三時を過ぎても。その背中は少しストイック過ぎて、見ていて苦しくなるほどだった。

結局、娘はノーフィッシュで下船した。

それでも、二泊三日という時間の重さは釣果とは無関係だった。久しぶりに言葉を交わし、同じ海の上にいた。何かを釣り上げることよりも、ただそこにいたという事実の方が、時間が経つほど輪郭を増してくる気がする。

言葉というものは、本当に難しい。どれだけ丁寧に選んでも、伝わるかどうかは相手次第だ。同じ方向を向いていない相手に何かを届けようとする消耗は、じわじわと体の芯を削っていく。

リマインドし続けること、気を配り続けること、それを何度繰り返せばいいのかと問いながら生きてきた時間がある。 関係性が整理されると、タスクはひどくシンプルになった。ストレスが減り、静かな安定が戻ってきた。人が減ることは喪失ではなく、ときに空気の入れ替えだと思う。

家でパエリアを作った夜、水加減に手こずった。シーフードミックスなら一合に対して250ミリリットル。以前、牛窓でうまくいったのは鍋のせいだったかもしれない。

道具が料理の気分をつくる。篠山で揃えた鍋やスプーンが並ぶ牛窓の台所では、料理そのものが楽しい。自宅では同じ食材でも、何かが少し違う。環境は人間の機嫌に、思った以上に深く関わっている。

YouTubeの登録者が4百人を超えた。数字というのは不思議で、積み重ねてきた時間がある日ひとつの節目を越える。誰かの画面の向こうに届いているという手応えは、静かだが確かだ。

八月も中旬に入り、ようやく暑さが少し緩んできた。九月になれば釣りに出たい。旅にも出たい。 ノーフィッシュでも竿を手放さなかった娘の背中が、まだ目に残っている。結果よりも、やめないことの方が美しい場合がある。

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``Nature does not hurry,
yet everything is accomplished``

Catch the Moment, Chase the Tide