06/21/2026 KatsuSera

鯵フライと、素朴な積み重ねのこと

Fresh catch, quiet craft, honest reward

土曜日の台所というのは、特別な空気をまとっている。

包丁の音、油の弾ける音、そして青紫蘇の香り。今週の土曜日は、自分で釣り上げた鯵がフライになって食卓に並んだ。梅と青紫蘇で食べる一枚、醤油マヨネーズで食べる一枚。ふっくらと揚がった身を口に運ぶたびに、あの朝の波の揺れと糸の引きが蘇ってくる。

釣り人だけが知る特権というものがある。

スーパーの鮮魚コーナーに並ぶ魚も悪くはない。きれいに整えられて、ラップに包まれて、値段がついている。でもあの魚は、誰かが獲り、誰かが運び、誰かが並べたものだ。自分で釣った魚には、それらすべての過程が自分の手の記憶として刻まれている。その新鮮さは、単なる時間の問題ではない。関わった時間の濃さが違う。

釣りを終えた後の処理は、正直しんどい。体はすでに疲れているのに、帰宅してからが仕事だ。捌いて、洗って、冷凍する。冷蔵庫の中は今、釣りたての魚が幅を利かせている。それでも手を止めようとは思わない。この一手間が、あの土曜の朝の時間を食卓まで届けてくれる。

母にも少し分けた。受け取る顔が良かった。それだけで十分だ。

最近は草刈りも続けている。庭に出て、刈って、片付ける。釣りも草刈りも、実に素朴な営みだ。技術と呼べるほどのものでもない。ただ、場数を踏んだ分だけ上手くなる。刈った分だけ庭が整っていく。成果が目に見える。誤魔化しが効かない。そういう仕事が、どこか心地よい。

華やかさはない。誰かに自慢するものでもない。でも確かに積み重なっていく何かがある。釣りに出た回数、捌いた魚の数、刈り取った草の量。数字には残らないけれど、体の中に静かに蓄積されていくものがある。

鯵フライを食べ終えた後、しばらくデッキに座っていた。特に何も考えていなかった。ただ、悪くない一日だと思っていた。それで十分だと、最近はそう思えるようになってきた。

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``Nature does not hurry,
yet everything is accomplished``

Catch the Moment, Chase the Tide