暇つぶしのつもりで始めたことが、気づけば自分の輪郭を映し出している。そういう経験が、人生には妙に多い。
DJI OSMO POCKETを手に取り、ルアーを一つひとつ撮り始めた。バッテリーの消耗が早い。熱を持つ。SNSをどれだけ漁っても、結局は手に持ってみて初めてわかることばかりだ。スペックの数字が踊るご時世だが、自分の感覚に勝る情報源は存在しない。翌日にはカメラをα7C2に替え、三脚を立てた。段取りが整うと、作業は静かに進む。
130個ほどのルアーと向き合った。
メーカー名を忘れたもの、モデル名の印刷がないもの、雑に扱っていたのに実は古く希少なもの。Googleレンズをかざすと名前が浮かぶこともあるが、年代物のバス用ルアーはAIも手こずる。新しいものから順に検索するのか、古いルアーの前では首を傾げたまま止まってしまう。それでも答えにたどり着いた瞬間の小さな驚きは、悪くない。
昔からよく言ったものだ。ルアーを買うのは魚が釣られるんじゃなくて人間が釣られるのだと。言い得て妙で、笑えて、そして少し耳が痛い。
売るつもりはない。しかし使い倒せるほどの時間も、おそらくない。コレクターでもないからディスプレイしたいわけでもない。ただ棚の引き出しに眠り続けているそれらを眺めながら、ふと思った。自分が死んだら、このルアーたちはどこへいくのだろう、と。
答えは出ない。出なくていい。ただ、これ以上増やすのはやめようという気持ちと、やっぱり使ってみないと何もわからないという気持ちが、頭の中でルアーと一緒にごちゃごちゃと絡まっている。整理しなければならないのはタックルボックスだけではないようだ。
話は変わるが、仕事でのこと。数ヶ月の猶予を与えたタスクに、期限前日になっても誰一人として応えていない。エビングハウスの忘却曲線によれば、意味を持たない情報は一日で74%が失われるという。ならば人が忘れるのは当然で、責める気にもなれない。だから私はボールが返ってくることを期待しない。受け取ったらすぐ投げ返す。覚えておくことが面倒なら、やってしまえばいい。それだけのことだ。
MacBook Proの出荷通知が届いた。金曜には着く。データのほとんどはクラウドにある。IDとパスワードさえあれば、新しい機械はすぐに自分の道具になる。便利になったと、素直に思う。
Instagramにも新しいアカウントを作った。lurefiend。ルアーオタク、という意味だ。一点ずつリール動画を撮ってアップしていく。何個あるか数えたこともないが、一日一個としても一年では終わらないかもしれない。飽きなければ、それでいい。
結局、何かを始める理由などたいして要らない。暇で、面白そうで、手が動く。それで十分だ。スペックより感覚、計画より行動、そして道具より、それを持つ自分自身を少しずつ知っていく。フィールドにも、そろそろ出かけないといけない。