08/21/2026 KatsuSera

砦を降りた夏と、税の嵐

When the fortress falls, life continues.

八月も後半に差し掛かり、蝉の声がいよいよ乱雑になってきた。こんな季節に、私はひとつの看板を静かに下ろした。

「最後の砦」という言葉がある。誰かがミスをしても、誰かが確認を怠っても、最後は自分が引き受ける、という覚悟のことだ。確認されないまま出荷されたものについて、問い合わせへの対応だけを迫られる。こちらに責任を押しつけようとする空気を感じるとき、かつての私はそれでも向き合い続けていた。何らかの障害があれば、真摯に、誠実に。そういう人間でありたかった。

だが、梅雨の頃にその意識を手放した。

捨てた、という言葉が正確かもしれない。それは投げやりではなく、むしろ清々しい決断だった。誰もが完璧ではない。私もそうだ。しかし、完璧でない人間が完璧な砦であり続けようとすることには、もはやモチベーションが湧かない。それは自分への誠実さでもあった。

その翌朝、レスターと散歩に出た。

愛犬の後脚の調子が悪い。散歩の距離が日々短くなっている。今朝は一声、「痛っ」という感じの小さな鳴き声を上げてから、ゆっくりとしか歩けなくなった。「いたーい!」と叫ぶほどではない。ぐっと堪えた、静かな痛みだった。そのままUターンして帰宅した。

その姿を見ながら、私は何かを学んだ気がした。痛みを抱えながらも、大げさに訴えず、できる歩幅で歩く。それで十分だと、彼は知っているのかもしれない。

帰宅してニュースを開くと、非上場株式の相続税評価ルールが約六十年ぶりに抜本的に見直されようとしているという記事が目に入った。税理士の先生から先日聞いていた話だ。コストアプローチが採用されれば、昔から持つ資産の含み益が大きい会社ほど税負担が重くなる。中小企業にとって、それは会社そのものを手放すことを意味しかねない。

改悪だと思う。しかし怒号を上げても制度は変わらない。

私が思うのはシンプルなことだ。税収は掛け算だ。税率という数字を上げても、課税対象となる元気な会社の数が減れば、結果はむしろ小さくなる。国が本当に税収を増やしたいなら、元気な会社を増やす努力をすべきではないのか。個人向け国債への税優遇という話も同日に流れてきた。国民から集めたお金には優遇を施し、そこから富を広げようという発想には、正直、言葉を失う。

それでも、嘆いてばかりいても何も変わらない。

今からできることをやる。現行の評価額を把握し、後継者をどうするか考える。相続時精算課税制度の活用も選択肢に入れる。備えは、現状を知ることから始まる。

砦を降りたのは敗北ではない。むしろ、守るべきものを見極めるための第一歩だ。レスターが痛みを堪えながら、それでも玄関まで歩いたように、私も今日の歩幅で歩く。大げさに叫ばずに、淡々と、しかし確かに。

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``Nature does not hurry,
yet everything is accomplished``

Catch the Moment, Chase the Tide